はじめに

後のことを考える余裕もなく、離婚届を提出してきたAさん。実家に戻って落ち着いて初めて、今後の養育費のことが心配になってきました。夫の仕事の関係でずっと広島市で暮らしていたのですが、不倫を続ける夫に耐えかねたAさんは、切り出された離婚に応じて、子どもを連れ東京都台東区の実家に戻ってきたのでした。

Aさんがネットで調べてみると、夫の住所地にある家庭裁判所で養育費の調停をやりましょう、と載っていました。「え、わざわざ広島まで行かないといけないの?両親も働いていて子どもも預けられないのに…」

養育費はそもそもどうやって決めるの?

概要

法律上は、①当事者間の協議、②家庭裁判所での調停、③家庭裁判所の審判、の3つがあります。一般的には①がダメなら②→②がダメなら③、と進みます。

ここで①協議の場合、公正証書の形にしておけば未払いがあってもすぐ強制執行が可能ですが、それ以外の形では裁判を経ないと強制執行できません。②調停と③審判の場合、公正証書同様の強い効力があります。したがって、養育費を確実に支払ってもらうには家庭裁判所の調停・審判で取り決めておくべきです。調停も審判も家庭裁判所で行うのは同じですが、管轄(=どこの裁判所で取り扱うか)が異なります。

養育費の調停・審判。一般的な進み方は?(大原則)

はじめに

踏まえておいて頂きたいことは、「協議がまとまらないときには、相手方の住所地で調停をし、まとまらなければその裁判所で審判になる」という経過を辿るのが大原則、ということです。これ以外の経過、例えば「あなたの住所地で調停をする」とか「調停をせずに審判になる」というのは、ごく例外的なことなのだと思っておいてください。

養育費の調停はどこでやるの?

相手方の住所地

調停は、「相手方の住所地を管轄する家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所」で行うと定められています(家事事件手続法245条)。しかし、現実問題として元夫が合意してくれるケースは少ないと思われますので、相手方(元夫)の住所地で調停をするのが事実上の原則となります。Aさんの場合でいえば、広島家庭裁判所で調停をすることになります。

養育費の調停がまとまらなかったら?

調停をした裁判所で、審判に移行します。

Aさんの場合、広島家庭裁判所での調停は終了しますが、審判の手続きに移行します。最終的には、広島家庭裁判所が審判の形で、養育費を決定します。

養育費の調停・審判。進み方の例外はないの?

例外もありますが…

さきほど進め方の大原則の話をしましたが、何事にも例外があります。「あなたの住所地で調停をする」とか「調停をせずに審判になる」のはごく例外的なことですが、決してありえないわけではありません。

言葉は悪いですが、Aさんとしては、ダメ元で「東京でやってほしい」と言って調停or審判を東京家庭裁判所に申し立ててみるのも、一つの方法です。ダメ元とは言っても、法律の定めに則った例外扱いをしてほしいと求めているのであって、何ら法律上の根拠のないことを言っているわけではありません。とはいえ、例外はあくまで例外ですから、なぜ特例扱いが認められるべきなのか、裁判所を説得しなければなりません。

養育費の調停、元夫の住所地以外でできないの?

調停は「当事者が合意で定める家庭裁判所」で行うことができます(家事事件手続法245条)。

元夫が合意してくれる場合

元夫が東京家庭裁判所で養育費の調停を行うことに同意してくれるのであれば、Aさんは東京家庭裁判所で調停ができます。ちなみにこの場合、調停で養育費額についてまとまらなくても、東京家庭裁判所が審判の形で判断してくれることになります。

元夫が合意してくれない場合

Aさんが元夫の合意なしに東京家庭裁判所に調停を申し立てても、「東京地方裁判所で調停をすることについて、元夫から合意書を取ってきてください」「管轄のある広島家庭裁判所に申し立ててください」などと言われてしまい、調停を始めてもらうことができません。元夫の合意がなければ、東京家庭裁判所には管轄がないからです。

自庁処理の可能性

この場合、Aさんの申立てを受けた東京家庭裁判所が、自ら調停を担当しようとしてくれる可能性がないではありません(自庁処理)。ただ、そうしてくれるかどうかは、専ら裁判所の一存で決められます(後述のように、付調停の際に意見聴取の機会が保障されているのとは異なります)。

養育費の調停をした裁判所でしか、審判を受けられないの?

審判の管轄は、夫または妻の住所地と定められています(家事事件手続法150条)。調停をした裁判所でしか審判を受けられない、というわけではありません。

元夫の合意は?

調停の場合と違って、東京で審判をすることについて元夫から合意があろうがなかろうが、関係ありません。すなわち、元夫の合意がないから審判の手続きを始めてもらえない、ということにはなりません。

自分の住所地で審判を申し立てることが可能です。

Aさんの例でいえば、広島家庭裁判所と東京家庭裁判所に管轄があります。したがって、Aさんは、自分の住所地にある東京家庭裁判所に審判を申し立てることが可能です。

付調停

ただし、審判の申立てを受けた裁判所は、いつでも職権で調停に付することができます(274条)。これを付調停といいます。そのため調停をせずいきなり審判を申し立てると、ほぼ例外なくすぐに付調停の方向に進められてしまいます。

付調停についての意見

このとき裁判所は、付調停にするかどうかについて当事者から意見を聞いた上で、最終判断を行います(問答無用で付調停となるわけではありません)。

裁判所に状況を分かってもらうチャンス!

付調停についての意見は、あなたの状況を裁判所に分かってもらえるチャンスです。Aさんのケースでいえば、①子どもがまだ小さく預け先もなく、広島までとても出向いていけないから、東京家庭裁判所での審判手続きにしてほしい、②もし付調停するとしても、広島ではなく東京で調停を行ってほしい(※)、といったように申し述べる機会ですので、有効に活用すべきです。

(※)付調停となる場合、「(調停の)管轄権のある家庭裁判所」での調停となるのが原則です。しかし、審判の申立てを受けた裁判所が「家事調停事件を処理するために特に必要があると認めるとき」には、それ以外の裁判所で調停をすることも認められています。Aさんの場合、東京家庭裁判所が「特に必要があると認めるとき」には、東京家庭裁判所で調停をすることもありえます。

付調停の決定を争うことはできません。

ちなみに、意見陳述の甲斐もなく裁判所から付調停の決定が出てしまった場合、これに異議を唱えることはできません(即時抗告も通常抗告もできません)。なぜならば、相手方の住所地で調停をし、まとまらなければその裁判所で審判になるというのがあくまでも大原則であって、その特例扱いを裁判所が認めてくれなかった、というだけの話だからです。

以上まとめると…?

Aさんのケースに即していえば、次のようになります。

  • 大原則:広島家庭裁判所で調停をし、まとまらなければ広島家庭裁判所が審判の形で養育費の額を決めます。
  • 例外の可能性①:Aさんが東京家庭裁判所に調停を申し立てます。
    • 元夫の合意がない限り難しいようです。
  • 例外の可能性②:Aさんが調停をせず、いきなり東京家庭裁判所に審判を申し立てる。
    • これは管轄という意味では可能ですが、以下の点に注意してください。
    • 注意点
      • 審判を申し立てられた東京家庭裁判所は、いつでも職権で付調停できる。
      • 付調停となる前に、Aの意見を聞いてくれる。
        • 付調停となる場合、調停をする裁判所は、
          • 原則:広島家庭裁判所
          • 例外:東京地方裁判所
        • ただし東京家庭裁判所が、調停をする必要はないと考えてくれるなら、そのまま東京家庭裁判所での審判の手続きとなります。

(補足)養育費を決めないまま実家に戻ろうとしている方へ

このコラムをお読みの方の中には、これから実家に戻ろうという方もいらっしゃるかもしれません。養育費を決めず戻ってしまうと、大原則としては、元夫の住所地で調停をすることが必要となってしまいます。あなたの実家のほうで調停をしたいと言っても元夫はまず合意しないでしょうし、実家のほうで審判を申し立てても、「元夫の住所地の裁判所で調停をやってほしい」と言われる可能性が高いことは否定できません。

元夫から一刻も早く離れたいという気持ちはよく分かりますが、養育費を決めないまま遠方に戻ってしまうのではなくて、本来ならば養育費をきちんと取り決めたうえで離婚し実家に戻るべきです。

まとめ

養育費を決めないまま子どもを連れて実家に戻った、というケースは決して少なくありません。子どものこれからのため、元夫との間で養育費の額をきちんと取り決めるべきです。万一に備えるならば、念のため債務名義(公正証書、調停調書、審判書)の形にしておいて、強制執行可能な形にしておくべきです。

養育費で争いがあるとき、相手方の住所地で調停をやってみてまとまらなければ審判、というのが大原則です。法律上は、調停をすることなく、あなたの住所地の家庭裁判所にいきなり審判を申立てることも可能です。このとき、申立てを受けた裁判所としては、まず付調停しようと考えますが、あなたの意見を聞いてもらう機会があります。

その際、あなたとしては、①調停ではなく審判の手続きがふさわしい、②仮に付調停されるとしても、元夫の住所地ではなくあなたの住所地で調停を行うべきだ、と裁判所に考えてもらわなければなりません。たとえば遠方の裁判所に出向くことができないあなたの状況等を、裁判所によく説明し説得することが必要でしょう。